本を30ページ読んだけど1行も理解していない件 ゑゑ

ゑゑ本
ゑゑ

本を読んでいる。

ゑゑ

椅子に座って、本を開いて、ページをめくる。

完璧な読書の姿勢だ。

でも、何も入ってこない。

文字は見えている。
目は動いている。
ページもめくっている。

でも、脳が拒否している。

…やばい。

「この主人公は…」

待て。
主人公の名前、何だっけ。

さっき読んだはずだ。
3ページ前に出てきたはずだ。

でも、覚えていない。

ゑゑ

ページを戻す。
主人公の名前を確認する。

「ああ、そうだった」

また読み進める。

5ページ後。

「この主人公は…」

また忘れている。

これは、読書なのか。
ページをめくる作業なのか。

その境界線はどこにあるのか。

読書とは何なのか。

文字を目で追うことか。
内容を理解することか。
物語に没入することか。

私がやっているのは、
ただ、ページをめくっているだけだ。

でも、傍から見れば、読書している。
間違いなく。

椅子に座って、
本を持って、
真剣な顔(多分)で、
ページをめくっている。

読書の形は完璧だ。

中身が伴っていないだけで。

ゑゑ

「集中しよう」

そう思った瞬間、より集中できなくなる。
いつものパターンだ。

集中しようとすると、
集中していない自分を意識してしまう。

そして、集中できない。

悪循環。

本の内容は、どんどん流れていく。
私の脳を素通りして。

「主人公が何かしている…」

何をしているのかは、わからない。

でも、ページは進む。
私の手が勝手にめくる。

自動化されている。
ページをめくる作業だけが。

ゑゑ

30ページ目に到達した。

達成感がある。
30ページも読んだ。

でも、何も覚えていない。

主人公の名前も、
舞台も、
ストーリーも、
何一つ。

これは、読書の成果なのか。
それとも、時間の浪費なのか。

わからない。

でも、また明日も本を開くんだろう。
そして、また何も理解しないままページをめくるんだろう。

それが私の読書スタイルだ。

「もう一回、最初から読もう」

そう思ったけど、
多分、また同じことになる。

学習しない。

ゑゑ

読書とは、
理解することではなく、
ページをめくり続ける忍耐力を養うものなのかもしれない。

そう思うことにした。

都合のいい解釈だ。

ゑゑ (´・ω・`)

ゑゑ本

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