
本を読んでいる。
…
ゑゑ…
椅子に座って、本を開いて、ページをめくる。
完璧な読書の姿勢だ。
でも、何も入ってこない。
文字は見えている。
目は動いている。
ページもめくっている。
でも、脳が拒否している。
…やばい。
「この主人公は…」
待て。
主人公の名前、何だっけ。
さっき読んだはずだ。
3ページ前に出てきたはずだ。
でも、覚えていない。
ゑゑ…
ページを戻す。
主人公の名前を確認する。
「ああ、そうだった」
また読み進める。
5ページ後。
「この主人公は…」
また忘れている。
これは、読書なのか。
ページをめくる作業なのか。
その境界線はどこにあるのか。
…
読書とは何なのか。
文字を目で追うことか。
内容を理解することか。
物語に没入することか。
私がやっているのは、
ただ、ページをめくっているだけだ。
でも、傍から見れば、読書している。
間違いなく。
椅子に座って、
本を持って、
真剣な顔(多分)で、
ページをめくっている。
読書の形は完璧だ。
中身が伴っていないだけで。
ゑゑ…
「集中しよう」
そう思った瞬間、より集中できなくなる。
いつものパターンだ。
集中しようとすると、
集中していない自分を意識してしまう。
そして、集中できない。
悪循環。
本の内容は、どんどん流れていく。
私の脳を素通りして。
「主人公が何かしている…」
何をしているのかは、わからない。
でも、ページは進む。
私の手が勝手にめくる。
自動化されている。
ページをめくる作業だけが。
…
ゑゑ…
30ページ目に到達した。
達成感がある。
30ページも読んだ。
でも、何も覚えていない。
主人公の名前も、
舞台も、
ストーリーも、
何一つ。
これは、読書の成果なのか。
それとも、時間の浪費なのか。
わからない。
でも、また明日も本を開くんだろう。
そして、また何も理解しないままページをめくるんだろう。
それが私の読書スタイルだ。
…
「もう一回、最初から読もう」
そう思ったけど、
多分、また同じことになる。
学習しない。
ゑゑ…
読書とは、
理解することではなく、
ページをめくり続ける忍耐力を養うものなのかもしれない。
そう思うことにした。
都合のいい解釈だ。
ゑゑ (´・ω・`)











