
私の名前はゑゑ。
22歳の時、人生を変えるシステムが導入された。
「寿命定期預金」
若い頃の時間を銀行に預けて、老後に引き出せる。
つまり、60歳になっても、預けた分だけ若返れる。
…すごくない?
これ、革命じゃない?
私は、すぐに契約した。
だって、考えてみてほしい。
20代なんて、どうせ貧乏で何もできない。
金もない。
時間もない。
仕事に追われて終わる。
だったら、その時間を老後に回したほうが効率的じゃないか。
60歳になって、貯金もあって、時間もあって、しかも体は20代。
完璧じゃないか。
私は天才かもしれない。
ゑゑ…
そう思って、私は20代のほとんどを預金することにした。
毎月、給料と一緒に時間も積み立てる。
「今月は2週間分、預金します」
「かしこまりました」
銀行の窓口で、私は通帳を差し出す。
通帳には、預金した時間が記録されていく。
「1ヶ月」
「2ヶ月」
「6ヶ月」
…増えていく。
嬉しい。
これが、未来への投資。
友達が飲み会に誘ってきた。
「今度の金曜、飲みに行こうぜ」
「ごめん、行けない」
「なんで?」
「時間、預金したいから」
「…は?」
友達は、私のことを理解してくれなかった。
でも、いい。
どうせ、60歳になったら私が勝つ。
彼女ができかけた。
「今度の日曜、デートしない?」
「ごめん、無理」
「なんで?」
「時間、預金したいから」
「…意味わかんない」
彼女は、去っていった。
でも、いい。
どうせ、60歳になったら私が勝つ。
旅行の誘いも断った。
趣味も諦めた。
遊びも全部やめた。
ただひたすら、働いて、時間を預金した。
通帳の数字が増えていく。
「3年」
「5年」
「8年3ヶ月」
…最高。
私は、誰よりも未来に投資している。
誰よりも賢い。
周りの連中は、今を楽しんでいるだけ。
私は、未来を楽しむために今を我慢している。
この差は、いつか埋まらないほど大きくなる。
ゑゑ…
そして。
40年が経った。
私は62歳になった。
定年の日。
退職金も貯まった。
貯金も十分ある。
そして、寿命定期預金の通帳には「8年3ヶ月」と記されている。
…ついに、この日が来た。
私は、銀行に向かった。
「引き出しをお願いします」
「かしこまりました」
窓口の女性が、通帳を確認する。
「8年3ヶ月分ですね。では、手続きを開始します」
温かい光が、体を包んだ。
肌が引き締まっていく。
シワが消えていく。
白髪が黒くなっていく。
体が軽くなる。
…すごい。
すごすぎる。
これが、若返りか。
光が消えた。
鏡を見ると、そこには28歳の私がいた。
肌はピチピチ。
髪はフサフサ。
体は軽い。
成功だ。
大成功だ。
私は、勝った。
40年間の我慢が、報われた。
ゑゑ…
私は、喜び勇んで銀行を出た。
さあ、これから人生を楽しむぞ。
20代の体で、金もある。
時間もある。
できることは無限だ。
まずは、カフェに行こう。
オシャレなカフェ。
若者が集まるところ。
私は、そういう場所に入った。
店内は、若者でいっぱい。
みんな、スマホを見ながら、笑っている。
私も、空いてる席に座った。
隣のテーブルに、同じくらいの年齢の人たちがいる。
話しかけてみよう。
「すみません、ここ、人気のカフェなんですか?」
若者たちは、私を見た。
そして、顔を見合わせた。
「…あの、大丈夫ですか?」
「え?」
「おじさん、何か困ってます?」
おじさん?
私?
いや、待て。
私、今28歳の見た目だぞ?
なんでおじさん扱い?
「いや、私、28歳なんですけど」
「見た目はね。でも、雰囲気がおじさんなんで」
…
……
………雰囲気?
若者たちは、私を避けるように席を立った。
残された私。
一人ぼっち。
…何が起きたんだ。
よく分からない。
でも、なんか、嫌な予感がする。
次の日、街を歩いた。
服を買おうと思って、若者向けのショップに入った。
「いらっしゃいませ」
店員が、私を見て、微妙な顔をした。
「あの…お探しのものは?」
「この服、試着していいですか?」
「はい…でも、これ、若い方向けのデザインなんですが」
「私、28歳ですけど」
「…そうですか」
店員の目が、明らかに疑っている。
試着室で服を着る。
鏡を見る。
…似合わない。
めっちゃ似合わない。
体は28歳。
でも、何かが違う。
雰囲気が、完全におじさん。
これは、なんでなんだ。
ゑゑ…
SNSを始めてみた。
若者は、みんなSNSやってる。
私もやろう。
アカウントを作って、投稿してみた。
「今日はいい天気ですね」
…誰もいいねしてくれない。
コメントもない。
フォロワーも増えない。
なんで?
次の日、もっと頑張って投稿した。
「朝のコーヒーは格別です」
…誰も反応しない。
若者の投稿を見てみる。
「今日まじやばたにえん🤣」
「これエモすぎて無理😭」
…何語?
これ、日本語?
意味が、全然分からない。
私は、取り残されている。
体は28歳。
でも、中身は62歳。
話す内容は、昭和の思い出。
好きな音楽は、演歌。
趣味は、盆栽と将棋。
…これは、やばい。
完全にやばい。
恋愛しようと思って、マッチングアプリに登録した。
プロフィール写真は、今の私。
28歳の顔。
年齢も、28歳で登録。
すぐにマッチングした。
相手は、同じく28歳の女性。
「はじめまして!よろしくお願いします」
「よろしく。今度、お茶でもどう?」
「いいですね!どこか行きたいところありますか?」
「そうだな…喫茶店とか」
「喫茶店?カフェじゃなくて?」
「喫茶店だよ。落ち着いた、昭和の雰囲気のところ」
「…昭和?」
「そう。マスターがいて、コーヒーをゆっくり淹れてくれるような」
しばらく既読がつかなかった。
そして。
「ごめんなさい、やっぱり予定が入っちゃって…」
ブロックされた。
…
……
………詰んだ。
完全に詰んだ。
体は若い。
でも、中身が追いつかない。
同世代の友達は、みんな老人。
60代の体で、老人ホームにいたり、孫の世話をしたりしている。
一緒に遊べない。
若者とも、話が合わない。
私は、どこにも居場所がない。
28歳の体を持った、62歳の心。
これは、地獄なのか、天国なのか。
いや、地獄だ。
完全に地獄だ。
ゑゑ…
ある日、公園のベンチに座っていた。
隣に、同じように若い体をした人が座った。
でも、雰囲気は完全におじいさん。
「…あなたも?」
「ええ」
「引き出しましたか?」
「8年分」
「私も8年3ヶ月」
二人とも、無言になった。
…何のために、預金したんだろう。
何のために、40年間我慢したんだろう。
20代の時、私は何をしていたか。
働いて、時間を預金して、それだけ。
友達と遊ばなかった。
恋愛もしなかった。
旅行もしなかった。
全部、我慢した。
「60歳になったら、楽しもう」
そう思って。
でも、今、60歳になって気づいた。
若さは、若い時に使わないと意味がない。
28歳の体があっても、28歳の心がなければ、何もできない。
友達も、恋人も、思い出も、全部、若い時に作るものだった。
それを、私は全部スキップした。
今、手元にあるのは、28歳の体だけ。
使い道のない、若さ。
持て余す、体力。
行く場所のない、時間。
…悟った。
時間は、貯金できても、人生は貯金できない。
若さは、その瞬間にしか価値がない。
老後に若返っても、若者の世界には戻れない。
私は、40年かけて学んだ。
高すぎる授業料だった。
今、私は公園のベンチで、一人で座っている。
28歳の体で。
62歳の心で。
使い道のない若さを抱えて。
周りを見ると、本当の若者たちが楽しそうに笑っている。
彼らは、今を生きている。
未来のために貯金なんてしていない。
今を、全力で楽しんでいる。
…それが、正しいのかもしれない。
私は、間違えた。
人生の使い方を、完全に間違えた。
ゑゑ… (´;ω;`)
追記:
同じベンチに座ってたおじいさん(見た目は25歳)が言った。
「若さは、貯金するもんじゃない。使い切るもんだ」
…その通りだと思った。
今さら気づいても、遅いけど。











